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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)9339号 判決

原告

奥藤多一

被告

右代表者法務大臣

瀬戸山三男

右指定代理人

持本健司

(ほか三名)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  原告が被告に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は原告に対し、昭和四八年一月以降昭和五三年六月五日に至るまで毎月一〇日限り各金三一四、七二八円および右各金員に対する当該各月一一日から右各金員完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  被告

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二主張

一  請求原因

1  被告は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」(以下単に地位協定という)第一二条第四項の規定によって、在日米軍の労務需要の充足を援助するために被告とアメリカ合衆国(以下米国という。)との間において締結された基本労務契約に基づく在日米軍基地日本人従業員の法的雇傭主であり、原告は昭和二七年三月二〇日被告に雇傭され、昭和三九年以降は在日米軍立川基地(以下立川基地という。)在日米空軍中央民間人事局において、従業員管理関係調整職六等級として基地従業員の労務管理業務に従事して来たものである。

2  原告の昭和四七年度における賃金総額は合計金二、七一五、六三一円であり、従って一ケ月の平均賃金は金二二六、三〇〇円である。そして右賃金は毎月一日から末日までの分を翌月一〇日に支払われることになっている。

なお原告についてはその後も定期昇給および給与の改正による賃金の増額がなされているはずである。

3  しかるに被告は昭和四七年一二月九日以降原告を従業員として取扱わず、かつ期日を過ぎるも賃金を支払わない。

4  また基本労務契約第五章一一項および就業規則によれば、従業員が在日米軍の都合により正規の所定時間中に勤務することを許されない場合には正規に勤務した場合に支給すべき給与の六〇パーセントを支給することが定められている。従って被告は原告に対しすくなくとも休業手当として毎月賃金の六〇パーセントを支払う義務がある。

5  よって原告は被告に対し、原告が雇傭契約上の権利を有する地位にあることの確認ならびに昭和四八年一月以降昭和五三年六月五日までの間毎月一〇日限り、賃金の内金として一ケ月金二二六、三〇〇円、労働基準法第一一四条所定の附加金の内金として金一四七、三八〇円の六〇パーセントである一ケ月金八八、四二八円および右各金員に対し各金員の支払期日の翌日である当該各月一一日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は、原告の昭和三九年以降の職歴を除いて認める。原告は昭和三六年一一月一日立川基地の第六一〇〇補給部隊に「顧問職」として配属になり、昭和三八年一月一日より従業員管理関係調整職として同補給部隊に勤務していたものである。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実中、基本労務契約第五章一一項に原告主張のような規定があることは認めるが、その主張は争う。

5  同5の主張は争う。

三  抗弁

1  被告は昭和四七年一〇月二六日に原告に到達した内容証明郵便をもって同年一二月八日付で原告を人員整理により解雇する旨通知した。

2  従って原被告間の雇傭契約は昭和四八年一二月八日をもって解除され、同日以降原被告間に雇傭関係は存在せず、被告に賃金支払義務は存しない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の主張は争う。

五  再抗弁

被告は在日米軍に労務を提供するため米国との間において前記のように基本労務契約を締結しているが、被告の就業規則によれば、右契約に基づいて被告に雇傭され、米軍に使用される日本人従業員(以下単に従業員または日本人従業員というときは基本労務契約に基づいて雇傭された日本人従業員をいうこととする。)の雇傭、解雇等については右契約によることと定められている。そして右契約第一一章によれば、日本人従業員に対する人員整理は先ず予算上の制限、人員過剰または機構の変更に基づき、指定された一組織体の一群である競合地域を閉鎖し、または競合地域内の同一の職種名および等級のすべての職務を含む競合職群における人員の総数を減少させる必要がある場合に米軍が右競合地域および競合職群ごとに整理対象者数および職種を決定して法的雇傭主たる被告にこれを要求し、被告がこれを行うこととされているが、人員整理の公正を維持するため、その対象者は右競合地域および職群別に勤続年数の長さの逆順(以下先任逆順という。)により自動的に決定されるものと定められている。

そして米軍は昭和四七年九月七日被告に対し定員の取消を理由として同年一二月八日付をもって別紙(略)記載のとおりの人員整理(以下本件人員整理という。)を行うよう求めた。そして右要求によれば原告所属の競合地域は立川基地中央民間人事局、競合職群は従業員管理関係調整職六等級とされており、右競合地域に対する人員整理要求数は一〇名、右競合職群に対するそれは二名であった。

しかしながら本件人員整理従って本件解雇は就業規則に違反するだけでなく憲法第一一条、第一二条、第一四条、第二七条ならびに後記各法条に違反し、あるいは解雇権を濫用したものであって無効である。

1  本件人員整理はその必要性がないにもかかわらずなされたものであり無効である。すなわち基本労務契約第一一章によれば、前記のように人員整理は米軍が人員整理の数、職種を決定して法的雇傭主たる被告にこれを要求し、被告がこれを行うこととされているが、それは従業員の生活に重大な影響を及ぼすものであるため、米軍は人員整理の数、職種の決定についてできる限り被告にその理由を知らせる義務があるとされており、被告はこれに基づき整理すべき従業員数および職種の決定が妥当か否かを判断すべき義務がある。しかるに、本件人員整理の必要性につき、米軍は「定員の削減」と説明するのみでその実質的理由を明らかになし得ない。のみならず、本件人員整理の結果、従業員管理関係調整職六等級に属する従業員数は立川基地一名、横田基地五名、府中基地二名となり、従前の配置(立川基地、横田基地各二名、府中基地一名)と著しく異るばかりか、横田基地の日本人従業員二、三七三名につき前記六等級が五名配置されているのに対し、立川基地の同従業員一、四三一名につき前記六等級の配置が一名にすぎないことを考え併せると本件人員整理の必要性はなく、従って本件解雇は解雇権の濫用であり、無効である。

2  のみならず基本労務契約第一一章四項、六項によれば米軍および被告は従業員の人員整理を最小限度にとどめるため、人員整理を決定するに際し事前に十分協議し調整を行わなければならない旨定められている。

従って本件人員整理にあたっても十分な事前協議ないし調整を行わなければならないにもかかわらず、本件人員整理において米軍は、在日米軍の立川、横田両基地等に勤務する従業員の雇傭関係事務を担当する東京都立川渉外労務管理事務所長(以下同事務所を立川労管、同所長を立川労管所長という。)の折衝申入を拒否し、米軍および被告は本件人員整理について十分な事前協議ないし調整をなさなかったものであるから本件人員整理従って解雇は無効である。

3  また基本労務契約第一一章六項には米軍は人員整理を要求する際被告に対し人員整理要求書を発することと定められているが、本件人員整理要求書は形式的にも実質的にもその要件を欠いているのでこれに基づく人員整理は無効である。すなわち

イ 人員整理要求書は正当な権限を有する契約担当官あるいはその代理者によって作成されかつ署名されるべきものである。しかるに本件人員整理要求書を作成したエミル・T・ワースは米軍の契約担当官より右権限を授権されていないから、結局前記人員整理要求書は契約担当官あるいはその代理者によって作成されたものでない。従って本件人員整理要求は無効であり、これに基づく人員整理も無効である。

ロ また人員整理要求書には人員整理の理由および範囲を明記するものとされているが本件人員整理要求書には「定員の取り消し」と記載されているのみであり、実質的な理由は記載されていないし、また人員整理の範囲は解雇の対象たる職種別従業員数を明記して明らかにすべきものであるにもかかわらず、職種を記載せず職位(職種をさらに等級別に細分したもの)を記載しているのみである。

4イ  また基本労務契約第一一章六項b、c、dによれば、被告は米軍から人員整理要求書を受理した場合、七日以内に先任逆順に従業員を列記した在籍者名簿を作成して整理対象者を明らかにし、全従業員に掲示すべきこと、被告は人員整理に先立ち退職希望者を募集し受理すべきこと、その上で退職希望者の数が人員整理対象数より少ない場合、被告は解雇の性質および理由を明記した解雇予定通知および解雇予告に関する二通の書類を作成し、人員整理要求書を受取った日から一五日後に解雇予定の従業員に交付しなければならないことになっている。ところで本件人員整理は中央民間人事局従業員一三名の解雇に関するものであるから人員整理の内容を全従業員に周知させるためには同局に属する従業員全員の名簿を作成し、その勤務する立川、横田、府中の各基地およびグランドハイツの四つの事務所にそれぞれ右在籍者名簿を掲示すべきであるにもかかわらず、被告は中央民間人事局に所属するもののうち当該各基地に勤務する従業員および整理対象者のみを登載した在籍者名簿を当該各基地の中央民間人事局に掲示したのみである。従って本件人員整理は無効である。

また本件人員整理要求は昭和四七年九月七日になされたものであるから前記書類は遅くとも同月二一日までに解雇予定の従業員に交付されなければならないものである。しかるに本件人員整理にあたっては解雇予定通知書は作成されておらず、僅かに同年一〇月二六日に至って被告は原告に対し人事措置通知書を送付したにすぎない。従って解雇予定通知書の作成を怠った本件解雇は就業規則に反し無効である。

ロ  またこれまでの人員整理の公告に際しては人員整理を最小限度にとどめるため希望者の受入先を明示した空席表(定員の欠けている競合地域、競合職群などを明示した一覧表)を添付する慣行であり、人員整理対象者は他に優先して右空席に配置替されることができ、かつ人員整理終了までの間他の従業員の転職は禁止される取扱いであった。そして本件人員整理当時横田基地における従業員管理関係調整職および立川基地におけるクラーク・タイピスト職の地位が空席であった。しかるに本件人員整理の公告に際し、被告は右慣行に反し空席表を添付しなかったものである。従って本件人員整理は右の点において無効である。

尤も右従業員管理関係調整職の地位には昭和四七年八月一七日にそれまで府中基地中央民間人事局従業員管理関係調整職六等級の地位にあった昆宇一が、またクラーク・タイピスト職の地位については同年一二月八日にそれまで立川基地中央民間人事局任用事務職の地位にあった馬渕葉子がそれぞれ就任している。しかしながら基本労務契約第一一章七項fによれば、人員整理を行わなければならないことが判明している期間および人員整理の効力発生日の後二ケ月以内は臨時に雇傭する場合または緊急を要する場合を除き、人員整理を予定している競合地域内の競合職群には新たに従業員を雇傭しないものとされており、これまで例外なくそう取扱われて来たものである。しかるに被告は右の規定および慣行に反して昆および馬渕を前記のとおり転任または配置転換させたものであるからかかる措置は無効であり、従って前記各地位は空席とみなされるべきである。

5  基本労務契約第一一章五項によれば、米軍の日本人従業員に対する人員整理は先任逆順により対象者を決定することと定められている。しかしながら先任逆順による人員整理も競合地域、競合職種の設定いかんでは特定従業員を指名解雇するために利用することができる。従ってこの弊害を除去するため被告は就業規則において競合地域の設定はできるだけ広く、また競合職群は類似職種を包含するよう定めている。しかるに米軍は競合地域および競合職群を決定する際これを極端に細分化している。すなわち本件人員整理にあたり原告の属する競合地域はすくなくとも米軍第四七五空軍基地連隊の中の人事部門のさらに一部門である中央民間人事局にすべきであるにもかかわらず、さらにこれを立川基地、横田基地、府中基地の三競合地域に分割してこれを細分化し、指名解雇の実を挙げ、現に原告を指名解雇したものである。従って本件解雇は解雇権の濫用であり無効である。

6  本件解雇は公正を欠くものである。すなわち本件人員整理の際横田基地には従業員管理関係調整職六等級の空席があった。従ってもし本件人員整理が必要であったとしても、立川労管の所管に属する横田基地の欠員の補充については、先任逆順により東京都東部渉外労務管理事務所(以下東部労管という。)の所管に属する府中基地勤務の昆(前同職)よりも勤務年数も多くかつ同じ立川労管の所管に属する立川基地の原告を充てるべきである。しかるに中央民間人事局は右の措置をとらないで立川労管および東部労管を欺罔し、昭和四七年八月一七日府中基地の前記六等級に属しかつ勤続年数が最も短く人員整理がなされた場合、先ずその対象となるはずであった昆を横田基地の前記六等級に転任させたうえ、本件人員整理として右職種につき立川基地関係二名、府中基地関係一名の人員整理を要求したものである。従って本件解雇は米軍が被告の立川労管等を欺罔し、同事務所が錯誤に陥ってこれをなしたものであるから民法九五条、九六条により取消されるべきものであるか、無効である。

7  原告の職位はその職務内容からみて人事専門職七等級が相当である。しかるに被告は原告の職位を「基本給表1、職種番号66、職種名従業員管理関係調整職、等級6、語学手当支給区分A」と格付し、これをもとに本件人員整理をなしたものであるから、誤った格付に基づく本件解雇は無効である。

8  また解雇のための人事措置通知書が発行された場合でも後日他への転職を発令されることによりあるいは希望退職によって結果的に解雇が撤回されることが多い。換言すれば人事措置通知書は撤回されるために発行されるものである。従って従業員がこれを受取ったとしても同人は解雇が撤回されるという期待の下に受取っているものであり、また転勤等の救済を受けるために受取っているものであるから右通知書に解雇予告の効力はない。従って本件解雇は予告を欠き無効である。

六  再抗弁に対する認否と主張

1  再抗弁冒頭前段および中段の事実は認めるが、後段の主張は争う。

2  再抗弁1の事実中、基本労務契約が原告主張のようなものであること、人員整理は原告主張のような原因に基づきその主張の経過で被告がこれを行うものであること、本件人員整理の結果、立川、横田、府中各基地の従業員管理関係調整職六等級に属する従業員数およびそれの右各基地における日本人従業員に対する割合がいずれも原告主張のとおりになったことは認めるが、被告が米軍の報告に基づき整理すべき従業員数および職種の決定が妥当か否かを判断すべき義務があるとの主張ならびにその余の事実および主張は争う。

被告は米国との間の相互協力及び安全保障条約ならびにこれに基づく地位協定によって在日米軍に対し、その要求する労務を提供する義務を負っており、右義務を履行するため前記基本労務契約が締結されている。そして右契約によれば被告が日本人従業員の法的雇傭主となることが定められているが、他方米軍が実質上の使用者であるため解雇に関する実質上の権限も米軍に委ねられている。そして本件のごとき人員整理の必要性の判断は、特に米軍内部の機密に深く関連するものであるため、米軍独自の立場から専権的になされるべき性質のものであって、このような見地から人員整理の対象者数、職種等の決定権も米軍に委ねられており、米軍が被告に対して行う人員整理の理由の開示についても可能な限りこれをなせばたり、被告がそれ以上に人員整理の必要性の判断理由なりその資料の開陳を要求することは許されないものである。従って米軍が人員整理を要求した際、その必要性が明確になされなかったとしても、また被告においてこれを明確になし得なかったとしてもやむを得ないものである。

のみならず使用主である米軍から人員整理の要求があった場合、被告としては政治的な折衝を行う余地はあるとしても、最終的には整理人員に相当する労務の提供を中止せざるを得ず、その分についての被告が従業員に支給するはずであった給与に対する補償を米国から受領する権利を失うに至るべき立場にあるものであるから、自己の費用をもって従業員の雇傭を継続すべき特別の事情のない限り、被告は右の従業員を解雇せざるを得ないことになる。また従業員としては以上のことを当然の前提として雇傭契約を結んだはずであるから他の一般の雇傭契約における労働者と比較し若干不安定な立場にあるとしてもやむを得ないものである。

してみると米軍から人員整理の要求があった場合、雇傭主たる被告としては解雇に関する所定の手続を適法に履践すると共に、その間整理人員数の減少、整理事由の開示要求等労務者の労働契約上の地位確保のため契約に定められた事項について努力をつくす義務はあるが、これをつくした場合には、右折衝ないし努力が結実せず、また解雇事由が具体的に明らかにならなかったとしても、解雇は是認されるべきであり、解雇権の濫用ということはできないものであるところ、立川労管は後記3記載のとおり本件人員整理につき整理人数の減少や整理事由の開示等の折衝を行うなど労務者の地位確保のため最善の努力を払ったものである。従って原告に対する本件解雇は権利の濫用に当らない。

なお原告は立川、横田、府中各基地における従業員管理関係調整職の配置数の不均合を指摘し、これをもって本件人員整理の必要性を否定するが、いかなる職種を何名配置するかはその時々の具体的、個別的な米軍内部の事情により決定されるべきものであり、単純に従業員数との比較のみで決せられなければならないものではないから右主張も失当である。

3  再抗弁2の前段の事実は認めるが、その主張は争う。米軍から本件人員整理の要求があったため立川労管所長は昭和四七年九月一一日頃立川基地中央民間人事局契約担当官代理者エミル・T・ワースに対し、人員整理要求が発せられるに至った経緯についての説明および人員整理数を最小限度にとどめるよう求め協議ないし調整を重ねたが、前者については米軍の機密に属するものとして、後者については米軍内部においてすでに調整済であるとしていずれも拒否されたものであって、被告および米軍は本件人員整理につき事前協議ないし調整を怠ったものではない。

4  再抗弁3冒頭の事実中、原告主張のとおり米軍が人員整理を要求する際、被告に対しその主張のような人員整理要求書を発出することと定められていた事実は認めるがその余の事実は否認する。

イ 再抗弁3イの主張は争う。エミル・T・ワースは在日米陸軍調達部契約担当官ジェームス・C・ベーゲルの委任を受け契約担当官の職務を行っていたものである。

ロ 再抗弁3ロの主張は争う。人員整理の理由をどの程度詳細にするかは終局的に米軍の裁量に委ねられているものであり、詳細な理由の記載がないからといって契約に反するとは言い難い。また本件人員整理要求書には解雇対象者数が職種別に明らかにされており、また当該職種が整理される場所も明確にされている。

5イ  再抗弁4イ前段の事実中、基本労務契約に被告が米軍から人員整理要求書を受理した場合、七日以内に在籍者名簿を作成し従業員に掲示すべきこと、被告が人員整理に先立ち退職希望者を募集し受理すべきことと規定されていること、東部労管所管の府中基地、グランドハイツ関係の人員整理を含めれば、中央民間人事局関係従業員一三名が人員整理の対象となったこと、被告が原告主張のような形で在籍者名簿を掲示したこと、以上の事実は認めるが、その余の事実および主張は争う。

本件人員整理につき立川労管所長は基本労務契約第一一章六項bの規定に基づき、競合地域および競合職群別に勤続年数の長さ順に従業員名を列記し、かつ人員整理該当者と非該当者とを明示した在籍者名簿を作成し、右名簿を同事務所に備付けると共に、昭和四七年一〇月五日頃これを米軍契約担当官代理者に送付し、同月一二、一三日頃原告ら従業員の勤務する各競合地域ごとに当該地域に関する分を掲示し、従業員に対しその内容を周知させた。なお立川基地中央民間人事局における掲示は同年一二月八日まで行った。

そしてさらに同所長は昭和四七年一〇月一二、一三日頃右名簿の掲示と同時に基本労務契約第一一章六項cの規定に基づき、競合地域内外において人員整理による退職希望者の申出を受理する旨を文書をもって掲示公告したが、所定期間内に退職を希望する旨の申出は全くなかった。

そこで同所長は米軍の人員整理要求書に基づき基本労務契約第一一章六項dの規定により昭和四七年一〇月二五日人員整理の対象となる従業員に対し人事措置通知書を作成し、原告に対しては前記のとおり解雇の通知をなしたものである。

なお基本労務契約第一一章六項bの規定は人員整理要求の対象とされた競合地域、競合職群、人員等を当該競合地域、競合職群に勤務する従業員に先任逆順に従って掲記して明示し、先任逆順の公正に履践されることを担保しようとする趣旨に出たものであるから、当該競合地域、競合職群に属する従業員に閲覧させればたり、原告主張のように当該人員整理に関連するすべての競合地域における先任逆順の履践状況の明示までをも要求するものではない。

再抗弁4イ後段の事実中、米軍が昭和四七年九月七日に人員整理要求書を送付してきたのに対し、立川労管が同年一〇月下旬原告らに人事措置通知書を送付して人員整理の通知を行ったこと、本件解雇につき被告が解雇予定通知書を作成していないことは認めるが、その余の主張は争う。立川労管事務所長が昭和四七年一〇月下旬に原告らに人員整理の通知をしたことおよび被告が本件解雇につき解雇予定通知書を作成しなかった理由は次のとおりである。

基本労務契約第一一章六項dによれば解雇される従業員に対する解雇通知すなわち人員整理通知書は解雇発効日の三〇日以前に当該従業員が受領するよう発出されることになっており、同章六項aによれば人員整理要求書は解雇通知発出日のすくなくとも一五日前までに被告に送付されることになっている。そして労働基準法で定める三〇日間の解雇予告期間を確保すると共に被告の事務処理期間として一五日間を確保して解雇予告手当を支払わなくともすむように配慮しているものである。しかしながら一般私企業に比較し人員整理が頻発する米軍従業員の身分不安定な立場から前記四五日間は短かすぎるとして従来から従業員らは右期間を大幅に延長するよう要求していた上、前記一五日間も事務処理期間としては短期にすぎたため米軍と交渉の結果、昭和四五年一月二〇日被告と米軍との間に人員整理要求はできる限り解雇発効日の三ケ月前までに行うとの了解が成立し、以来人員整理要求書は概ね解雇発効日の三ケ月前に被告に送付され、労管における対米協議、調整期間は六〇日に延長されたものである。従って基本労務契約の規定と異なり人員整理要求書送付後一五日以内に人員整理通知書を発出しないことにはなるが、六〇日の間実解雇者をできるだけすくなくするよう米軍との交渉をなすことができるため、人員整理対象予定者にとり有利な運用措置であるから違法ではない。

また解雇予定通知書は基本労務契約第一〇章三項dの不適格従業員を解雇しようとするときに用いられるものであって、人員整理に基づく解雇について作成を要求されるものではない。

また基本労務契約第一一章六項dによれば、人員整理による解雇予告は人員整理通知書をもってすることと定められてはいるが、基本労務契約において人員整理通知書の様式が定まっていないため、従前同様被告は一般の人事措置を行う場合に使用していた人事措置通知書をもって原告らに解雇通知を行ったものである。従って右通知書は同六項dの人員整理通知書に該当し、同時に解雇予告の効力も有しているものである。また右通知は解雇予告の規定の要件を満たすために三〇日以上の猶予期間をおいて送達したものである。

ロ  再抗弁4ロの事実中、過去の人員整理の在籍者名簿掲示の際に空席表を添付して掲示したことのあることは認めるがその余の事実は不知、空席表は人員整理要求の際米軍が好意的に送付して来たものである。従って空席表は人員整理要求の際常時送付されるとは限らず、また空席表の掲示は基本労務契約に基づく義務的なものでない。よって仮に米軍から空席表の送付があったとしてもこれを掲示するか否かは労管の裁量に委ねられていたものであり、これを掲示しなかったからといって何ら人員整理の効力に影響を及ぼすものではない。のみならず本件人員整理要求の際空席表の送付はなかったものであり、空席が存したか否かも不明である。なお昆の転任は本件人員整理要求に先立つものであり原告の主張は失当である。

6  再抗弁5の主張は争う。競合地域、競合職群をいかに決定するか、その枠組に組入れられる従業員数を何人とするかは、米軍側が実質的雇傭者として独自に決定し得べき事項であり、その決定について被告に介入の余地のないことは、その性質上当然であり、人員整理の決定について述べたところと同じである。

仮に競合地域、競合職群が細分化されすぎているとしても整理基準が人員整理対象者の公平な選定に奉仕するものであることに変りはない。

なお人員整理の対象として競合地域、競合職群並びに整理数が与えられた場合、当該競合地域並びに競合職群における整理対象者は先任逆順により自動的に定まることになっている。

のみならず、基本労務契約第一章B節五項aによれば、米軍は従業員の採用に当って人員整理の際考慮の基準となる該当競合地域を採用通知に記載してこれを被告の現地渉外労務管理事務所長に通知するものと定められており、同所長は新規従業員の採用にあたっては、これらの者に対する人事措置通知書(採用通知書)に他の勤務条件とともに、その競合地域、職種をも明記してこれを通知している。このように人員整理に際し基準となる競合地域、競合職群は従業員採用の当初からあらかじめ決定されており、人員整理要求のあった時は右基準に従って客観的、機械的に人員整理の対象者が定まるのである。従って実質上指名解雇であるとする原告の主張は失当である。

7  再抗弁6の事実中、昭和四七年八月一七日中央民間人事局が府中基地の従業員管理関係調整職六等級に属する昆を横田基地の前記六等級の職に転勤させた事実は認めるが、その余の事実および主張は争う。昆の転任は本件人員整理要求に先立つものであり、また先任逆順は人員整理の公平を期するための人員整理についての基準であり、転任のための基準ではないから、転任につき右基準を適用しなければならないものではない。また従業員の所属いかんによってその転任を制限しあるいは優先させるべき何らの根拠もなく原告の主張は失当である。なお原告が米軍により特に保護されたと主張する昆も横田基地へ転任後の昭和四八年九月三〇日に人員整理で退職している。

8  再抗弁7の事実中、被告が原告をその主張のような職位に属するものとして本件人員整理の対象としたことは認めるが、その余の主張は争う。

9  再抗弁8の事実中、解雇予定の従業員が他へ転任あるいは希望退職することにより同人に対する解雇が撤回されることのあったことは認めるが、その余の主張は争う。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1ないし3の事実中、被告が原告主張の基本労務契約に基づく日本人従業員の法的雇傭主であること、原告は昭和二七年三月二〇日被告に雇傭され、遅くとも昭和三九年以降は立川基地中央民間人事局においてその主張のような地位にあり基地従業員の労務管理業務に従事して来たこと、しかるに昭和四七年一二月九日以降被告が原告を従業員として取扱わず、かつ期日を過ぎるも賃金を支払わないことならびに抗弁事実中、被告が昭和四七年一〇月二六日に原告に到達した内容証明郵便をもって、同年一二月八日付で原告を人員整理により解雇する旨の意思表示をなした事実は当事者間に争いがない。

二  再抗弁冒頭の事実中、前段および中段の事実は当事者間に争いがない。よって本件人員整理ないし本件解雇に原告主張のような無効事由が存するか否かについて以下順次検討する。

1  原告は、本件人員整理の理由とされる「定員の取消」は人員整理の実質的理由としては不十分であって、本件人員整理は必要性を欠くものであるからこれに基づく本件解雇は無効である旨主張する。

よって検討するに本件人員整理の理由が定員の取消であることは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、本件人員整理の担当官であるエミル・T・ワースは昭和四七年九月一一日頃、当時立川、横田両基地等に勤務する日本人従業員の関係事務を取扱っていた立川労管所長川崎隆正に対し、本件人員整理は米軍の業務の縮少に伴う余剰人員の発生に基づくものである旨明らかにしていること、なお米国国防費の大幅な削減に伴い立川労管所管の基地等においても昭和四四年以来多数の日本人従業員が解雇されて来たが、昭和四七会計年度中には合計一、四三七名にのぼる人員整理がなされ、本件人員整理も米軍の定員削減方針の一環としてなされたものであることが認められる。そして右事実によると本件人員整理の必要性は一応首肯し得ないわけではない。

のみならず(証拠略)に前記当事者間に争いのない再抗弁冒頭前段および中段の事実を綜合すると、前記のごとく被告は在日米軍に対しその要求する労務を提供する義務を負い、基本労務契約に基づいて従業員を雇傭しているけれども、従業員の実質上の使用者は米軍であるため(いわゆる間接雇傭)、人員整理の必要性の判断、整理されるべき員数、職種の決定は米軍においてこれをなし、被告は米軍の申出により法律上の雇傭主として人員整理を行う立場にあるにすぎないことが明らかであり、右のような被告の立場および人員整理の性質等諸般の事情を考慮すると、人員整理の必要性の判断は能うかぎり米軍の判断を尊重しなければならないものであって特段の事由のないかぎり、被告はこれに従うほかはないものといわなければならない。

そして(人証略)によれば、立川労管所長川崎隆正は本件人員整理要求書受領後の昭和四七年九月一一日頃前記エミル・T・ワースに対し本件人員整理の具体的理由をただすとともに人員整理を最小限度にとどめるよう求めたところ、前者については前記のような理由が明らかにされたものの、それ以上の事実は米軍の機密に属するものであるとして回答を拒否され、後者についても米軍内部ですでに調整済であるとしてこれを拒否されたため、右川崎はそれ以上の説明を求めることは困難であると考え右交渉を打切ったものであることが認められる。しかして軍隊において機密の存在することはいうまでもなく、人員整理の理由とされる定員削減、予算の減少、機構の改革等は在日米軍の軍務遂行上不可欠の基盤である組織、配置、財政状況等と密接に関連するものであるから機密に属することはこれを否定しうべくもなく、従って人員整理の理由の開示の程度も米軍の専権に属するものといわなければならないところであり、被告において米軍が我国に軍事基地を有することを認めている以上、機密保持の権利は軍事活動に必然的に伴うものとして我国法上もこれを尊重しなければならないことはいうまでもないから、これらの事情を考慮すると、被告としては、いわゆる間接雇傭という変則的形態と使用主が米軍であることに基因する諸制約の中にあって相当の努力をはらって整理理由の解明に意を用いたものというべきである。

のみならず(証拠略)を綜合すると、被告は米軍の要求により、その必要とする労務を補償を得て提供するものであり、従って使用者である米軍から人員整理の要求があった場合、政治的な折衝を行う余地はあるとしても、最終的には整理人員に相当する労務の提供を中止し、その分の補償を受領する権利を失うに至るものであるから、自己の費用をもって従業員の雇傭を継続すべき特別の事情のないかぎり、これを解雇せざるを得ない立場にあるといわなければならず、これらの事情に、本件人員整理につき前記のように一応の必要性が肯認される事実を併せ考慮すると、結局被告が原告に対して示した解雇理由および解雇に至るまでに被告がとった措置も客観的に是認しうるものであって、これをもって解雇権の濫用ということはできず、本件人員整理ひいては本件解雇が必要性なくしてなされたものであり無効であるとの原告の主張は採用しない。

また本件人員整理の結果立川、横田、府中各基地の従業員管理関係調整職六等級に属する従業員の数およびそれの右各基地における日本人従業員に対する割合がいずれも原告主張のとおりになったことは当事者間に争いがなく、右事実に弁論の全趣旨を綜合すると、本件人員整理の結果、立川、横田、府中各基地における従業員管理関係調整職六等級の配置人員数が従前と異りかつ右各基地の日本人従業員数に占める前同職の人員数が若干釣合を欠くに至ったことはこれを否定し得ないところであるけれども、当該各基地に配置される従業員の職種、人員数等は専ら米軍内部の事情により決定されるべき事項であり、単純に従業員数との比較のみで決せられるべきものではないから、各基地における日本人従業員数と従業員管理関係調整職六等級に属する者との割合に不釣合が生じたことをもって本件人員整理を不必要なものと断ずることはできない。よってこの点に関する原告の主張も理由がない。

2  原告は、基本労務契約によれば、米軍および被告は人員整理を最小限度にとどめるため事前に十分協議調整しなければならない旨定められているにもかかわらずこれを尽さなかったため本件人員整理従って本件解雇は無効である旨主張する。

そして基本労務契約によれば米軍および被告は人員整理を最小限度にとどめるため事前に十分協議し調整を行わなければならない旨定められていることは当事者間に争いがない。しかしながら立川労管所長川崎隆正が本件人員整理につき米軍との協議ないし調整をしたこと前記のとおりであり、右によれば前記のような立場にある被告としては、本件人員整理についてこれを最小限度にとどめるための努力を怠らなかったものといわなければならないから、結局この点に関する原告の主張は理由がない。

3  原告は、基本労務契約第一一章六項によれば、米軍が人員整理を要求する場合、被告に対し人員整理要求書を発することと定められているが、米軍が本件人員整理を要求する際に発した人員整理要求書は契約担当官あるいはその代理者によって作成されたものでないばかりか、実質的理由の記載がなくかつ解雇対象者を職種別に明らかにしていないため本件人員整理従って本件解雇は無効である旨主張する。

そして基本労務契約第一一章六項には米軍が人員整理を要求する場合、原告主張のような人員整理要求書を発することと定められていた事実は当事者間に争いがない。しかしながら(証拠略)を綜合すれば、本件人員整理要求書は、当時人員整理要求等の権限を有する在日米陸軍調達部契約担当官ジェームス・C・ベーゲルの委任を受け、立川基地の契約担当官代理者の地位にあったエミル・T・ワースによって作成され、かつ同人が右文書に署名している事実が認められるから、本件人員整理要求書が契約担当官またはその代理者によって作成、署名されていないことを前提とする原告の前記主張は失当である。

なお原告本人尋問の結果中には、前記人員整理要求書に契約担当官代理者として署名しているワースは人員整理に関する代理権限を契約担当官より授与されていない旨の供述部分が存するが、右供述部分は(証拠略)に照して採用しがたく、他に原告の前記主張を認めるにたる証拠はない。

また(証拠略)によれば、本件人員整理要求書の人員整理の理由欄には「定員の取り消し」とのみ記載されていることが認められるが、人員整理の理由をどの程度明らかにするかは最終的には米軍の裁量に任せられるべきこと前記のとおりであるから、詳細な理由の記載がないからといって契約に反するとは言い難いし、(証拠略)を綜合すれば、本件人員整理要求書には本件人員整理の解雇対象者数が職種別に明らかにされており、原告指摘の瑕疵は存しない。従ってこの点に関する原告の主張も理由がない。

4イ  原告は、人員整理要求書受領後七日以内に被告は在籍者名簿を作成し、全従業員に掲示し、かつ解雇の性質および理由を明示した解雇予定通知および解雇予告に関する文書を作成し、一五日以内に解雇予定者に交付しなければならないにもかかわらず、被告は立川、横田、府中等の各基地ごとの在籍者名簿を当該各基地等に掲示したのみであり、また前記各文書を解雇予定者に作成交付していないから本件解雇は無効である旨主張する。

再抗弁4イ前段の事実中、基本労務契約によれば、被告は米軍から人員整理要求書を受理した場合七日以内に在籍者名簿を作成し、従業員に掲示すべきことと定められていること、本件人員整理のうち中央民間人事関係の整理対象者数は、東部労管所管の府中基地、グランドハイツ関係の分を含めれば、合計一三名であったこと、被告が各基地の中央民間人事局において掲示した在籍者名簿は、当該基地の中央民間人事局に勤務する従業員および解雇予定者のみを登載したものであったことは当事者間に争いがない。

しかして右事実によれば、立川労管所長が原告の求めているような在籍者名簿を掲示しなかったことは明らかである。しかしながら(証拠略)によれば、基本労務契約第一一章六項bは労管所長が人員整理要求書受領後、競合地域および競合職群別に在籍者名簿を作成し、これを当該地域の従業員のために掲示するよう求めてはいるが、当該人員整理にかかる全競合地域、競合職群の在籍者名簿を全競合地域の従業員に対し掲示することまでも求めてはいないことが明らかである。のみならず右規定の趣旨とするところは、人員整理要求の対象とされた競合地域、競合職群、人員等を当該競合地域、競合職群に該当する従業員に明示し、先任逆順が適正に履践され、もって人員整理が公正に行われたことを明らかにしようとするものであるから、人員整理の行われる単位である当該競合地域、競合職群に属する従業員の在籍者名簿を同人らに閲覧させればたるものであって、当該人員整理に関連するすべての競合地域における先任逆順の履践状況を明示する必要のないことは多言を要しない。従って本件人員整理中、立川基地における在籍者名簿の掲示については何らの違法もなく、この点に関する原告の主張は理由がない。

再抗弁4イ後段の事実中、その書類の名称、内容を除けば少なくとも基本労務契約上被告は人員整理要求書を受領した日から一五日以内に人員整理を、通知する書面を解雇予定者に交付することと定められていること、米軍より人員整理要求書の送付された日時が昭和四七年九月七日であるにもかかわらず、立川労管が原告らに対し人事措置通知書をもって人員整理の通知を行ったのは同年一〇月下旬であったこと、本件解雇につき被告が解雇予定通知書を作成していないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。そして右当事者間に争いのない事実に(証拠略)を綜合すれば、基本労務契約第一一章六項dには、米軍が人員整理要求書で通知の発出についてより遅い日を指定している場合を除き、被告は右要求書受領後一五日以内でかつ解雇発効日の三〇日以前に当該従業員が受領しうるように人員整理通知書を発出することが定められていることが認められる。従って前記のごとく被告が昭和四七年九月七日に人員整理要求書を受領しながら同年一〇月下旬まで人事措置通知書(人員整理通知書でなければならないか否かは暫く措く。)を発しなかったのは右契約条項に違反するものといわなければならない。しかしながら他方前掲各証拠によれば、米軍においては我国の一般の私企業に比較して人員整理の行われることが多かったため、従業員らは従来より右解雇の予告期間が短かすぎるとしてこれを大幅に延長するよう要求していたし、また人員整理通知書発出前の前記一五日間も事務処理期間としては短期にすぎたため、被告と米軍の間において交渉の結果、昭和四五年一月二〇日両者の間において人員整理要求はできる限り解雇発効日の三ケ月前までに行うこととの了解が成立し、以来人員整理要求書は概ね解雇発効日の三ケ月前に被告に送付されるようになり、その結果労管における対米協議、調整の期間は六〇日に延長されたこと、なお本件も右に従ったものであること、以上の事実が認められる。しかして右事実によれば、右合意による取扱は基本労務契約の規定と異なり、人員整理要求書送付後一五日以内に人員整理通知書を発出しないものではあるが、右取扱によって米軍と協議調整しうる期間が最大限六〇日に延長されることになり、しかも解雇予告期間が短縮されたわけではないから、右の取扱は人員整理対象者にとって有利でこそあれ何らの不利益を及ぼすものではない。従って、本件において人員整理要求後一五日以内に人員整理通知書を交付しなかったからといって、原告主張のごとく無効事由となるものではない。

また本件において解雇予定通知書の発せられていないことは前記のとおりである。しかし(証拠略)によれば、原告のいう解雇予定通知書は、人員整理、制裁措置および保安解雇以外の理由に基づいて従業員を解雇する場合に作成されるべき文書であって、人員整理にあたって作成しなければならない文書ではないことが認められるから、被告が右文書を作成しなかったからといって何らの違法もない。

また人員整理にあたっては整理対象者に対し、人員整理通知書を発することとされていること、本件においては右通知書は発出されず、人事措置通知書が発出されていることは前記のとおりである。しかしながら(証拠略)によれば、基本労務契約において、右人員整理通知書の様式が定められていなかったため被告はこれまでの人員整理においても一般の人事措置を行う場合に使用する人事措置通知書(措置内容、根拠、発効日等を記載したもの)を発出して解雇通知を行って来たこと、本件においても従前同様、措置内容、その根拠、効力発生日を記載した人事措置通知書を発出していることが明らかであり、右事実によると、右人事措置通知書はその内容からみて前記人員整理通知書に該当するものというべきであり、またその内容からみて解雇予告の効力を有しているものというべきであるから、結局この点に関する原告の主張も失当である。

ロ  原告は人員整理の公告の際には空席表を添付する慣行があり、かつ本件人員整理当時横田基地に従業員管理関係調整職、立川基地にクラーク・タイピストの空席があったにもかかわらず、本件人員整理公告の際空席表を添付しなかったため本件人員整理は無効である旨主張する。

(人証略)によれば、これまでの人員整理要求に際しては米軍において原告主張のような空席表を送付して来た例が多く、また右要求後空席を生じた場合にはその旨所轄労管に通知のなされたこともあったため、在席者名簿を掲示する際被告において空席表を添付して右名簿を掲示して来たが、空席表の送付は専ら米軍の好意によるものであって、基本労務契約上その送付が義務づけられているものではなく、また前記名簿の掲示に際し被告に空席表の添付が義務づけられていたものでもなく、かつ空席表の添付が慣行となっていたものでもないばかりか、さらに本件人員整理要求の際には空席表の添付がなかったことが明らかであるから、本件人員整理の在籍者名簿の掲示にあたり被告が空席表を添付しなかったからといって本件人員整理が無効となるべきものではない。

なお原告は本件人員整理の際にも、昆および馬渕が転任または配置転換させられた職種が空席であった旨主張するが、(証拠略)によれば本件人員整理要求時昆の転任先はすでに空席ではなく、また、原告主張にかかる前記馬渕の配置転換先が当時空席であったとしてもその職種であるクラーク・タイピストと原告の職種とは著しく異るから原告を右空席に就かせられるわけのものではなく、従って本件人員整理当時右空席が仮にあったとしても原告が本件解雇を免れることは不可能であったから原告の右主張は理由がない。

5  原告は本件人員整理における競合地域および競合職群の設定は極度に細分化され指名解雇の実を挙げているものであるから解雇権の濫用であり無効である旨主張する。

(証拠略)によれば、基本労務契約には競合地域は可能な限り広範囲かつ施設単位に米軍が設定するものとされていることが認められ、本件人員整理において、原告の属する競合地域は立川基地中央民間人事局、競合職群は従業員管理関係調整職六等級とされたことは前記のとおり当事者間に争いがない。

しかしながら(証拠略)を綜合すれば、競合地域、競合職群をどのように決定するかは米軍が実質的雇傭者として独自に決定しうべき事項であり、また仮に競合地域、競合職群が細分化されているとしても、解雇対象者の決定は前記のごとく先任逆順により公正に行われたものであり、さらに(証拠略)によれば、人員整理の日の後一二ケ月以内に同一の競合職群および競合地域内または同一の被告側の代理者の管轄区域内で従業員を雇傭する必要が生じた場合には人員整理された従業員は適格である限り、在籍者名簿で決定された勤続年数の順に再雇傭されるものとする旨定められており、かかる事実ことに右各身分保全制度の存在する事実に徴すると、競合地域および競合職群が若干細分化されているとしても、人員整理を利用して米軍が特定人を解雇しようと企てることは極めて困難なことであるといわなければならない。のみならず、原告本人尋問の結果によれば、昭和四〇年以降本件と同一の形態で競合地域、競合職群の設定されていることが認められるのであって、本件人員整理にあたって特に細分化されたわけのものではないし、また本件人員整理における競合地域、競合職群の設定が原告を解雇する目的の下になされたものと認めるにたる証拠はないから、結局この点に関する原告の主張は理由がない。

6  原告は、本件解雇は先任逆順を無視して原告主張のように昆を転任させたために生じたもので公正を欠き無効であると主張する。

再抗弁6の事実中、昭和四七年八月一七日中央民間人事局が府中基地の従業員管理調整職六等級に属する昆を横田基地の同職同等級に転任させたことは当事者間に争いがない。そして原告本人尋問の結果中には原告の右主張に副う供述部分が存しないわけではない。しかしながら(証拠略)によれば、人員整理が施される場合を除けば、空席が生じた場合に何人をその職種に転任させるかは米軍の専権に属するところであり、先任逆順の定めによらなければならない旨の規定はないところ、米軍が本件人員整理の通知をなしたのは前記のとおり昭和四七年九月七日であり、昆の転任はこれより以前のことであるから、原告を昆に優先して横田基地に転任させなければならないいわれはない。のみならず(証拠略)によれば、原告は昆が転任した昭和四七年八月一七日当時中小企業診断士の養成機関にはいるため、立川労管に対し退職願を提出し、希望退職の意思を表明していた事実が認められるから、右事実のみによっても本件解雇は昆を救済するためになされたものであるとか、原告を解雇するために昆を転任させたものとはいえない。結局原告本人尋問の結果中原告の主張に副う供述部分は自己の憶測ないし意見を述べたものにすぎないし、他に米軍ないし被告が殊更に原告を解雇するため昆を前記のように転勤させたものと認めるに足る証拠はないから、この点に関する原告の主張はその余の点を検討するまでもなく理由がない。

7  原告は、原告の職位はその担当業務からみて人事専門職七等級が相当であるところ、被告は原告を従業員管理関係調整職六等級に属するものとして本件人員整理をなしたものであり、無効である旨主張する。

被告が原告をその主張のように従業員管理関係調整職六等級に属する者として本件人員整理の対象としたことは当事者間に争いがない。しかしながらまた右の当時原告が右職種等級に格付されていたことも前記のとおり当事者間に争いがなく、さらに(証拠略)によれば、原告は本件人員整理の当時右職種等級に該当する業務に従事していたことが明らかであるから、右と異なる事実を前提とする原告の前記主張は採用の限りでない。原告本人尋問の結果中前記認定に反する部分は措信しない。

8  原告は人事措置通知書は撤回されるために発出されるものであり、解雇予告の効力を生じない旨主張する。

なるほどこれまで人員整理において解雇予定の従業員が他へ転勤または希望退職をすることにより同人に対する解雇ひいては右通知書が撤回されたことがあったことは当事者間に争いがない。しかしながら右人事措置通知書の撤回ないし失効は前記のように従業員が転勤または希望退職することによって偶々生じたものにすぎず、その他人事措置通知書が撤回されることを予定して発出されるものであるとの原告主張事実を認めるにたる証拠はない。またこれまで解雇が撤回されるという期待の下にあるいは解雇実施前に転勤等の救済措置を受けるために従業員が人事措置通知書を受取ったことがあったとしても、それだけで右通知書の解雇予告の効力を否定する根拠とはなし難く、結局この点に関する原告の主張は失当であるといわなければならない。

三  以上の次第で原告の再抗弁はすべて失当であり、従って原告に対する本件解雇は有効であるから、原告と被告の雇傭契約は昭和四七年一二月八日をもって終了したものといわなければならない。従って原告の本訴請求はその余の点を検討するまでもなく失当として棄却を免れない。

よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福井厚士)

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